WINDVANE

日々思ったこと、感じたことをつれづれなるままに。
「太一周忌によせて」
「太一周忌によせて」

雪どけを待っていた草花たちが、いっせいに姿を見せ始め、木々は芽吹き、
北海道にもやっと遅い春がやってきました。
一周忌となる4月30日、ニセコの友人たちが、「太くんの会」をひらいて下さり、
空が真っ青に澄み渡った青空の下、アンヌプリに登り、みんなで太を偲ぶことができました。
30人以上も集まってくださいました。
こうして今年もみんなと一緒に太のことを想えたことが、
とてもうれしかったです。
山頂には爽やかな風が吹き、目の前にはきれいな姿の羊蹄山があらわれて
「太も喜んでいるな。」って、思いました。
1年ぶりのスキーで、頂上まで登るのは、やっぱりとても苦しかったけれど、
頂上からみる景色は、本当に素晴らしかったです。
この景色を見せてくれた太に感謝だな、っておもいました。

そして、本当にいい日でした。

昨年の4月30日に太が旅立ってからのこの1年は、
本当に長く感じました。
泣いてばかりいて、現実が遠く感じるようで、
時間が過ぎ去るのをこんなに遅く感じたことはなかったです。
冬の間体調もすぐれず、太の病状が悪化していく去年のこの頃のことが、
毎日リアルに思い出されて、本当に苦しかったです。
私の中で、「今年の4月30日をとにかく越そう。」、と思っていました。
そしたら、すこし自分の中でも区切りのひとつがつくのではないか、と思って。

そんな風に過ごしてきた中での、この「太くんの会」でした。
アンヌプリの頂上で、風に吹かれて、みんなとこの日を過ごしたことで、
私の中でも、すこしだけなにかが変わったような気がします。

姿は見えなくなりましたが、太はきっと今もいるはず。
想えば、すぐに横にいてくれるようになっているとおもうので
それを信じて、泣いたり、笑ったり、旅したり、いい風景眺めたり、
これからも一緒にいこうとおもいます。

皆さんには、ずっと心配のかけどおしてすみませんでした。
すこしずつすすんでいきたいと思っていますので、
これからもゆっくり見守っていてください。
 

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肉体滅んでも、存在は死なない。〜岡本敏子の「奇跡」
ひな祭りの夜、
ニセコから同じく円山に引っ越してきたしおりちゃんから
「夜ごはん食べにきませんか?」という、
電話をもらった。
テーブルには、近所の方からいただいたという
「ちらし寿司」、そして、たくさんの手料理が並んでいた。
思いがけず楽しい夜になった。

そして、帰りがけに、岡本敏子の「奇跡」を借りて帰ってきた。

うちに帰ってきてすぐに読み出し、
一気に引きこまれて読んでしまう。

小説のカタチをとりながら、
登場人物 謙介と笙子は、
太郎と敏子がモデルなんだろう、とおもう。

物語の中盤で、謙介が突然の事故で亡くなる。
そこから、
笙子が、どう謙介を想い、
そして、どういう生き方をするのか、
というのが後半の話。

敏子さんが、
岡本太郎がどれだけ稀有な素晴らしい人だったとか、
ということを書きたかったのかはもちろん伝わってきたけれど、
それ以上に、
亡くなった太郎のことを
こんな風に感じていたのか、
ということに、私はとてもびっくりした。

それは、
最後におさめられている、
よしもとばななさんとの
対談の中でも書かれてあったのだけれど、

「肉体滅んでも謙介という存在は
死なないということを書きたかったの。」

ということだ。

本の中から、以下抜粋。

「笙子には、謙介がこの世界から消失したとは
どうしても思えないのだ。奇妙な感覚だが、
どこかに存在している。
どう打ち消してもそれは疑いようのない、確かなこと。」

「輪廻転生というけれど、
輪廻しなくともこの世のどこかにきっといる。
いつか逢うときがくる。」

「いるのに、いない。
いないのだが、確かにいる。
そういう笙子の心境に、
はじめも終わりもない、うねっては何処までも裏をくぐり、
くぐり抜けて逃れていくケルト文様の世界観は、
ゾッと魂が総毛だつほどぴったりくる、と言ったらいいいのだろうか。
あの組紐文の無限回帰は、
まさに笙子の感じている非存在の存在感ではないのか。」

など。

敏子さんは、
大事なパートナーを失い、
その人の死をこんな風に感じていて、
ほんとうにこう思えてきたから
この小説を書いたんだろう。

私も、
太が身を挺して残していってくれた言葉をうけとり、
生と死を分けた瞬間をみて、
太が旅立ったことをどう捉えて、
これからどう生きていったらいいんだろう、と
考える中にいる。

その中で、
この本に出会えたことは
偶然のような気がしない。

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わたしの家族
太とミミーと私。

私は、自分でつくっていった
この3人家族(ミミーは犬ですが、うちでは人と数えています。)を
とても気に入っていた。
そして、この相方二人は自慢の家族だった。

次から次にいろんなことをして私を驚かせる太。
「太の奥さんは、わたしよ!」と、たぶん思っていたはずのミミー。

***
以下は、2006年にある雑誌に書いたエッセイより。
***

「小さな奇跡」

東京とニセコを行ったり来たりして6年になる。
アトピーの悪化により、療養に行った事がきっかけだ。
自然の中の暮らしは驚きの連続で、
何度も足を運ぶようになり、
とうとう一昨年には
自然が好きで東京からニセコに移り住んで12年になる人と
結婚まですることになってしまったのだから
人生わからないものである。

そして、ある日、
ミニチュアピンシャーの子犬のミミーが家族の一員になった。
私にとって初めての犬との暮らしである。
私は、この新しい家族たちから
「小さな奇跡」というものがあるということを間近で見せてもらった。

ひとつは、建築なんて全くの素人の彼が、
沢山の人たちの協力をもって、
一年かけて本当に建ててしまったドームハウス。

そしてもうひとつは、
ある日突然右半身麻痺になり、
寝たきりになったミミーが、少しずつ回復し、
今では前足1本の麻痺は残っているものの元気に飛び回るようになれたこと。

回復するまでの間、
ミミーは自分の怪我を気にする様子もなく、
回復の度合いに合わせて前向きに、
健気に「生きている」という様子で、
その姿は、とても勇気をもらえるものだった。

日々「小さな奇跡」を生む相棒たちに
負けてはいられないなあ、と思う私である。

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ソフィーの世界
インフルエンザの高熱の
ぼうーっとする頭で
なにげなく
読み始めたのが、
ずいぶん前のベストセラー「ソフィーの世界」。

この本は、
すこし前に、
あらすじをまったく知らずに
哲学の入門書にいいんだろうな、位の気持ちで
とブックオフで買ったものだった。
しかし、買ってはみたものの、
数ページしか読めずに投げ出していた。

ところが、今回最後まで読んで、
世界的なベストセラーになった訳が、
今ごろようやくわかった。

ミステリー仕立ての2重構造になっていて、
最後の最後まで読ませる!おもしろい!

私には、今が読むべきタイミングだったんだろう、と思った。

哲学について
本気で考えるようになるのは、
きっと
いまの私みたいに、
「死ってなんだろう?」とか
「生きるってなんだろう?」とか
ここから始まるんだろうから。

実存主義の創始者キルケゴールの言葉が残る。

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インフルエンザA型
初めてインフルエンザにかかった。

39.7℃とでた体温計に驚き、
朝一で近所の病院に駆け込むと、
すぐにインフルエンザA型とわかり、
有名なタミフルと、解熱剤を処方された。

うちに戻って処方箋をよく読むと、
解熱剤にもらった「カロナール」という名前、
どこかで聞いた覚えが。。

「これって
太が最後の頃、毎日飲んでいた解熱剤だ。」、とハタと思い出した。

太は高熱をひたすらおさえるために
6時間毎に、このカロナールを飲み続けていた。

私が今、
インフルエンザにかかって
高熱だしてるのって、
もしかして、あのときの太のつらさをすこしでも
わかるためだったりするのかもなあ、
なんてことをぼーっとする意識の中で
考えながら、寝込んでいた。


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