WINDVANE

日々思ったこと、感じたことをつれづれなるままに。
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飛行機上空から
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2010/03/20(土) 10:24:36 | 写真 | Trackback(-) | Comment(-)
写真対決 スカイツリーを見にいこう
今回の写真対決場所は、押上。
天気もよくて、花粉もいっぱいだっただろうけど、
いい対決びよりだった。

うちからも見えるスカイツリーを始めて間近で見た!
今は311メートルまでできたそう。これで約半分。
完成したら634メートルっていうからすごい!

押上駅からすぐの橋の上には、観光客だらけ。
みんなそれをスカイツリーをバックに写真をとりまくっている。

みんな楽しそうで、撮ってる姿もおかしくて
その姿を後ろから飽きずにみてしまった。

これはそのときの1枚。

太のおばあちゃんの家がすぐ近くにあったという牛島神社も
今回のポイント。
牛を祭っている神社なんてはじめて。
狛犬も牛だし、牛だらけで、びっくり。
すごく気持ちのいい神社だった。

春の気持ちいい天気にさそわれてか、珍事件続出の今回の対決。

ハギーは、見知らぬおじさんに誘われて、スカイツリーを一周してお昼をごちそうになったり、
ナガノさんとニイツマは、迷子犬を交番に届けたり。

今回の1位は、熊谷くん。ハギーの健闘が光った。

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2010/03/14(日) 13:35:47 | 写真 | Trackback(-) | Comment(-)
丹田呼吸法
Hちゃんがボイトレに行った話をきいたり、
ニセコの知り合いのオペラを歌う木工職人のシンプイさんから
発声法をちょっと教えてもらったり、
自分のなかで
発声や呼吸が気になっていたときに、
柴田さんから教えてもらったのが、この丹田呼吸法

簡単だからだまされたと思って毎日20回ずつやってごらんなさい。
喘息も治るわよ~。

と。喘息持ちの私にとって、深い呼吸ができるようになるのは
きっといいはず、と思って、始めてみている。


「看取る」ということ その3
ずっと気になっていたことがあった。
5段階の死の受容のプロセスを説き、死と死ぬことについての研究者のエリザベス・キューブラー・ロスが、
脳梗塞に見舞われ左半身麻痺になって、亡くなるまでの何年もの間ベッドにいたのだけれど、
晩年にうけたインタビュー(これは日本でも、これはNHKで放映されたよう)の中で、

「私がしてきたことには何も意味がなかった!」と言った、ということだ。

ロスの功績をたたえる人にたちは、その言葉にショックを受けた人も多かったよう。

私は、その番組を昔見た人からその話を人づてに聞いて、
どうしてもその言葉が気になってしょうがなかった。

そんなときに、
エリザベス・キューブラー・ロスが晩年にデーヴィッド・ケスラーと書いた
「永遠の別れ」を読んで、気になっていたことが一気に解けた。

さんざん死にゆく人たちを看取ったロスであさえも、
当たり前だけれど、自分の死への受容の過程があったということ。

そして、それどころが、この
「永遠の別れ」、という本は、
自身の死を目の前にして、
自分と真摯に向き合う姿が正直に書かれていて胸をうつ。

なぜ、脳溢血になってから何年も動けない状態になり、
死の間際にあってなお死ねないという状態は、悪夢だ。
しかし、
「今こそが、人生のあらゆるときのなかでも、正真正銘の自己になりきるときである。
悲しみがあろうと怒りがあろうと、自分自身が「こうあるべきだ」と考えることをしなければならない.

まだ、死ねない状態にいる、ということは、
耐えることを学び、愛の受容を学ぶ必要があったからだ。、と。

そして、本の最後の結ぶ言葉に、
「五段階」を知ることだけが重要ではない。生の喪失だけが重要なのではない。
重要なのは、生きられた生である。」、と。

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「自休自足」の表紙はロブさん
ロブさんが「自休自足」の表紙になった!

ロブさんは、アラスカからやってきたニセコの友達。
奥さんのなつこさんと、4年近く前に移住してきて、
セルフビルドで、家を建てている。

最初二人は、軽自動車で寝泊りしながら
建て始めていた。
トイレは近くの道の駅を使っていたそう。
おもしろい夫婦がやってきたなあ、と思って
ちょくちょく通って撮っていたのだけれど、
ふと気づくと、そこから3年以上たってしまった。

と、いうのは、
途中からなつこさんは就職して、
ロブさんも冬の間は、レストランでコックさんのバイトをしているので、
雪のない時期だけ作業になっているからだ。

ゆっくりゆっくり建てている。

太がドームハウスを建てたので、
家を建てるというのを
1度間近で見てきているけれど、
そのときは、太の両親の家だったこともあるし、春までに建てよなきゃ!と
期限があったので、短く濃い時間だった。
でも、こうやって住みながらゆっくり建てていく感覚っていうのも
いいもんだなあ、と思えてきた。

ロブさんは、おばあちゃんの味噌作りに参加したり、
日本にきたことを楽しみながら、暮らしている。

写真を撮りにいくと、すぐ作業を止めて、
お茶をいれてくれたり、ごはん食べたか?
と何か作ってくれたり。
最初のうちは、作業のじゃまにならないように、
と朝や夕方に行っていたのだけれど、
こののんびりさをみていくうちに
「まあ、いいのかな。」、と思うようになっていった。

スピードが速くて、
何かに追われているように感じることが多い中、
ロブさんの家づくりの
ゆっくり流れる時間が、
この10ページから伝わるといいなあ。


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2010/03/03(水) 11:47:52 | 写真 | Trackback(-) | Comment(-)
「看取る」ということ 2
なごみの里の柴田さんの講演会のあと、参加者での座談会があった.
そこには、今まさに父親を看取ろうとしている人、
だんなさんを亡くしてからその喪失感でいっぱいの人、
在宅のヘルパーをしている人、看護婦さん、など
様々な人がきていて、それぞれの立場で柴田さんに質問をしていた。


私が聞いたのは、
「肝臓がんだった父親を実家で最後まで看取った友達が、
もう2年以上たつのだけれど、まだその悲しみかた抜け出せていないので、
どうしたらよいか」、ということ。

すると、返ってきた答えは、
「とにかく泣きなさい。それしかありません。
そして、生きていたときのように、
ごくふつうに話しかけるといいですよ。
見えないからいないのではないのです。
語り合う、感じあうのです。」、と。

見えない世界の話なので
私にはよくわからない。

頭でわかっても、簡単にできないのが、「受け容れる」、ということ。
でも、それををしていく過程として、
実際に、身体を使って「泣く」という行為をすることや、
「見えない相手に向かって話しかける」ということも、
有益なのかもしれない、と後から思った。

そうやっていくうちに
生きている世界と死んだあとの世界というのは
分断されているのではなくて、
きっとつながっているんだろうな、

なんて、感じていくのかもしれない。

誰にでも、親を看取る、家族を看取る、親しい人をなくす、
ということは、遅かれ早かれ、やってくる。
誰にとっても、死は決して遠いものではない。

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2010/03/01(月) 09:00:59 | ニセコでの生活 | Trackback(-) | Comment(-)
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