WINDVANE

日々思ったこと、感じたことをつれづれなるままに。
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引越しの記録その4
札幌への引越し当日
小雨が降る中、やさしい男衆が7人も手伝いにきてくれた!

ケンに、家具職人の市松さんに、同じく木工房を営む野坂さん。
ゲンテンライダーのけんちゃんにパウダーカンパニーのおうむ君
そして、飛び入りで斎藤君まできてくれた!
札幌についたら、ヒロシさんも待っていてくれていた。

頼もしい男衆たちで、
積み込み30分、荷おろし30分。
あっという間に終わってしまった。

そして、
サーファーけんちゃんのハイエースにも驚いた。
もしかして1台でいけちゃう?と思えるほどたくさん入る。

おうむ君が、
「せっかくトモキ君のハイエース借りてきたんだから使ってよね。」
っていう位。

結局2台にはなったのだけれど、
ハイエースってすごい。

途中トイレ休憩で、ふと見ると山に虹がかかっていた。
出航を祝ってくれてるのかなあ?
って気持ちになった。
たぶんいい船出のはず。

そうそう、
円山のマンションについてすぐ、
エレベーターで一緒になったおばさんが、
「引越してきたの?」
というので、
「はい、よろしくお願いします。」
と答えると、
「ここは、すきま風があって、寒いのよ~。夏は窓あけると環状線が走ってるからうるさくて。」
、と言った。

うっ、いきなりこんなの聞くのか。。。
気持ちがぐっと暗くなってしまった。

そう聞くと、
寒さは大丈夫なのかなあ??
、って不安になった。

さっそく男衆7人におばさんから聞いたことを伝えると、
みんな一斉に
「ここは。樺山よりは何倍もあったかいでしょ。」
、とあっさり言われた。

そうだ、たしかに
ふつうに住んでる人からしたら
多少寒さが気になるのかもしれない。

でも、
樺山マッチ箱ハウス(小さいってこと)は、
すきま風だらけ(たまにガラス割れてる)ような
山小屋みたいな家だったから
それに比べたら、
ここはたしかに天と地の差で、
びっくりするほどあったかかった。

それはさておき、
怒涛の引越しは、こうしてフィニッシュを迎えたのだった。
めでたし、めでたし。

、と思ったけど、
荷解きも
大変なんだってことに後からきづいた~。



RIMG0365_荷物の山

RIMG0428_引越し風景01

RIMG0442_ kenncyann

RIMG0447_樺山6人

RIMG0455_虹


RIMG0460_円山7人

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2010/12/13(月) 20:47:15 | ニセコでの生活 | Trackback(-) | Comment(-)
引越しの記録その3
毎日代わる代わる、いろんな人が荷造りにやってきてくれた。
私が喘息の発作で、寝込んでるときも
主不在のまま、作業はすすんでいた。

「いや~、こんなに人の結婚式の写真ばっか見ちゃったよ~。」
、と言ったのはマキビトのみっちゃん

点滴の翌日に、札幌で撮影が入っていたのだけれど、
心配してくれて、なんとみっちゃんは撮影先まで車で連れていってくれ、
しかも撮影中は、本屋で時間をつぶしてくれ、
終わる頃またピックアップにきてくれた。
これにもまた涙でした。

「ひろみさん、ダンシャリですよ。」、と
ダンシャリって今はやりの言葉を教えてくれたのは、
こむぎ野のしおりちゃん

「これいらないっしょ。」って笑いながらバンバン捨ててくれるかんちゃん。
他人は思い入れがなく、容赦ないので、
ダンシャリが進む、進む。

そして、台所は女子チームが一気に片付けてくれた。
札幌でダンボールを開けたときに、
あまりに見事に詰められていて、感動。

ヒロシさんは、いきなり現れた。
わざわざ、札幌から荷造りのために来てくれたのだ。
ちょうどその日は近所のクレヨン村の兄がきてくれていて、
兄弟で手伝ってくれた。
男手は、大きいものを捨てたりするのに、本当に助かる。

RIMG0363_convert_20110106122927.jpg

そして、私の留守中に
物置の荷物のを移動させてくれたのが、
ケンとトモキ君とケンちゃん。
太手作りの物置の中は、私にしてみたら、
えたいのしれない機械が詰まった未知のゾーン。
それが翌日見てみると、もぬけの殻に。

市松さんは、「手伝うことない?」って頻繁に電話をくれて、
何度もゴミのエコビレッジまで、車をだしてくれた。

みんなに助けられたこんな感じな毎日だった。



2010/12/13(月) 20:00:39 | ニセコでの生活 | Trackback(-) | Comment(-)
引越しの記録 その2
この引越し騒ぎを無事終えられたのは、
ニセコのみんなのおかげだった。

そして、その筆頭で助けてくれたのが、
宮本夫妻(ケンみうら)。

「こんなに手伝ってくれる人は本当にいないよ。」
って、とある友達に言われたけれど、
本当にそのとおり。
こんな人たちは、なかなかいないと思う。

「ホコリの中では、寝れないだろうから、
うちにおいで。」って言ってくれて、
2週間以上居候させてもらい、

ケンは現場監督になって仕切ってくれて、
毎日、朝から晩まで一緒に荷造りをしてくれた。

ケンの本業は画家さんなのです。今どんどん絵が変化していってます!
RIMG0592_ケンアトリエ


みうら
私の健康管理をしてくれて、
おいしくて身体にいい食事をいつもいつも用意してくれて、
徹底的にサポート側にまわってくれて、
私には引越しのことだけすればいい、
という環境を作ってくれた。

みうらは天然酵母でつくるパン職人なので、
朝起きると、焼きたてのパンの香りがぷ~ん。
こんな朝って素敵すぎる!!
そして、もちろん朝ごはんにもおいしいパン。
このうちの子になって本当によかったって思えるのだ。アハハ。

RIMG0330_ヌリオッシュ

RIMG0610_みうらとパン

RIMG0586_宮本夫妻


RIMG0587_ベーグル
2010/12/13(月) 16:29:41 | ニセコでの生活 | Trackback(-) | Comment(-)
引越しの記録 その1 
荷造りのときはあまりに大変すぎて、
とてもブログを書く余裕はなかったけれど、
ニセコから札幌への引越しは、
とても大きな出来事だったから
記憶が古くならないうちに書き留めておきたいと思った。

太の治療で、家をあけることが多くなってきて、
除雪が大変なニセコに住むことが大変になってきた。
住み慣れたニセコで除雪をしなくていい家を探したけれど、
全然見つからず、
本格的な雪のシーズンの前には、
とにかくどうにかしなければいけない。

ニセコで家を見つけるのはとっても大変なことなのだ。

そんなときに、
病院に近い「札幌」という選択肢が、ふたりの間に浮上。

「それもいいかもね」、「よし、そうしよう!」、

と、決めたら、

本当に、
あれよあれよ、
というまに家が見つかり、
あれよあれよ、
というまに引越し準備が始まり、
あれよあれよ、
というまに引越しが終わった。

この間1ヶ月かかっていない。

これって本当にすごいことだとおもう。
だって、多分ただの引越しじゃない。
太がニセコに移り住んで以来17年近くたまりにたまった荷物に、
太の作業道具やら、物置までたんまりあったからだ。

「あれよあれよ」、と書いたものの、
たしかに時間的には「あれよあれよ」、だったのだけれど、
過ごした中身は、
ものすごい濃さだった。

太が入院している中で、
私ひとりでの引越ししなきゃいけないんだ、
と思ったら、かなり憂鬱になってきた。

アトピー、アレルギー性鼻炎、、喘息と
3拍子そろった筋金入りのアレルギー体質で、
とにかく、ホコリに弱いからだ。

案の定、
荷造りをし始めたとたん、喘息の発作がでた。
発作を抑える「メプチン」もどんどん利かなくなり、
とうとう点滴をすることになった。

でも、
救いの神は、
まわりにたくさんいたのだった。(涙)

つづく...

11月のまわりの風景は、
こんな感じからこんな感じに

RIMG0387_風景

RIMG0327_風景02
2010/12/12(日) 08:00:44 | ニセコでの生活 | Trackback(-) | Comment(-)
はっ、と思った。
1週間の一時退院をしていた太が、
9日からの入院の前日の8日、高熱をだした。

「病院へいく?」、と聞いても
「明日からどうせ入院だから明日行く。」
、と言って、熱さましの薬を服用しながら
一日じゅう寝ていた。
ミミーも不安そうに、太のそばから片時も離れないで、
添い寝をしていた。

熱さましを服用すると、
パジャマがびしょびしょになるほどの汗をかき、
一時的に熱は下がる。

下がったときに、
食事を食べさせる。

私は、パジャマが、
びしょびしょになる度に
洗濯機をまわし、
ストーブの前に干す。

替えのパジャマが4枚しかないので、
「早く乾け、早く乾け」
、と思いながら。

心配でたまらない。

9日の入院の朝、
ひろしさんが迎えにきてくれて、
太を病院に送ってくれた。

ミミーは
太が寝ていた部屋で、
さびしそうにいる。

一瞬でごはんをたいらげる食いしん坊のミミーが、
朝ごはんをあげても
ぱくつかない。
こんなミミーは見たことがない。

太のことも、
ミミーのことまでも、
心配でたまらない。

ミミーの別宅(よく預かってもらう)
シーサーに、そのことを書いてメールをすると、
すぐに返信がきた。

「熱がでたりして、ついつい心配してしまうけど、
心配は毒かもしれないね。
良いイメージだけしていきましょう!」、と。

それを読んではっとした。

「たしかに、そのとおりだ!」、と。

心配するより、
太が元気でいるイメージを持つほうが、
ぜったいに大事なはずだ!!

心配すると、心配してしまうような状態にいつまでもいてしまいそうで、、
大丈夫だって、思えば、
絶対大丈夫なほうに引っ張られる気がするからだ。

シーサーは、
アラスカのものすごい斜面も、すべりこなすようなプロスノーボーダーだ。
生死が隣り合わせのような場所を何度も味わっているからこそ、
良いイメージをすることが、どれだけ大事か体験を持って誰よりも知っている気がする。

「さすが、シーサー!ありがとう!」、と返信をして、
太の入院する病院に向かった。

RIMG0283_convert_20101215234312.jpg
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