WINDVANE

日々思ったこと、感じたことをつれづれなるままに。
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え?私も??
太が一時退院していた6日間、実は私も不安を抱えていた。
先日行ってきた健康診断の結果の封筒が届き、
そこには、
乳がんの疑いありで、
要精密検査で、紹介状が入っていたのだ。

「太を守れなくなる。」、
というのが、
まっさきに浮かんできた。

「なんで、こういうことばっかり起こるんだろう。」、とも。

すぐにでも、再検査に行きたかったのだけれど、
やはり、評判のいいところがいいと思い、
友達や医者の知り合いに聞いて、病院を探した。

そして、
今日、再検査に行ってきた。

結果は、「異常なし。」

本当にほっとした。

憂鬱な数日間を送ったのだけれど、
この間にいろんなことを考えたり、思ったことは、
自分をすこし強くしたような気がする。


RIMG1174_450.jpg
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太 入院しました。
22日に一時退院してきたものの、
はじめから微熱があり、だるそうで、
ずっと体調がすぐれずにいた。

それでも、一時退院してきた日に
宮本夫婦が泊まりにきてくれたときには、
ケンが作ってくれためちゃくちゃ美味しいパスタをぺろりとたいらげ、
翌日は、
数日遅れの太の誕生会(3月17日)ね!
、と言いながら、piacere (ピアチェーレ)に、
美味しい釜焼きピザを食べに行き、
前菜のタコのカルパッチョ、カキのマリネのから、
ぺろりとたいらげていた。

でも、入院中、ほとんど口から食事がとれず、
栄養点滴だけでいるので、
胃も消化するだけで、
すごくエネルギーを使うのだろう。
食事の後には、すごくだるそうにしていた。

普段当たり前のように口からものを食べているが、
それは、健康だからできることなんだと
しみじみおもった。

せめて、うちにいる間に太の好物を、と思い、
生ハム、すじこ、いくら、さば寿司などを
買ってきた。少しずつだけれど、太は食べた。

最初からあった微熱は、
そのうちに上がってきて、
熱さましの薬を6時間ごとに服用しながら、
だましだまし安静にして、数日を過ごしていた。

ところが、
だんだんつらくなってきているのがわかるので、
「病院に行く?」、とたずねると、
太は、
「行ったら、すぐに入院だよ。
病院に行くのは自分で決めるから。」、と言う。

やっと3週間の抗がん剤治療が終わって、
家に戻れたというのに
熱がでるとは。

この熱こそ、この病気の厄介な症状なのだ。

今朝起きたら、
「病院に行く。」、と言う。
ヒロシさんにお願いして、病院に連れていってもらったところ、
やはりそのまま入院になった。

DSC_6733_ カンガルー02_450
イーゼルと絵の具がやってきた。
ニセコに住む宮本夫婦(絵かきのケンとパン職人のみうら)が、
太にとびっきり素敵なプレゼントを
届けにきてくれた☆

大きな木のイーゼルに写生用のアルミのイーゼル、
絵の具などなど。

「あったかくなったら、一緒に写生に行こうね。」
って太はケンと嬉しそうに話していた。

私が21歳でカミングスという新宿御苑にあったとってもユニークな英会話の学校で
知り合ったときは、
太はセツモードセミナーに行っていた。
その頃は、絵とサーフィンに明け暮れていたと思う。

最近、本棚から、長沢節の『わたしの水彩』(美術出版社) という本がでてきたそうで、
それを見ていたら、むしょうに絵が描きたくなってきたそうだ。

太の一番最初の記憶は、絵を描いている記憶で、
小さい頃から、絵を描くのが、とにかく好きだったらしい。

ところが、色弱だったので、美術系の進学ができなくて(今はもうそんなことはないと思うが)、
長沢節さんは、
「色弱も個性だ。」と言ったので、
セツモードセミナーに行ったと言っていた。

セツはとても自由な校風で、セツさんは、とてもユニークな人だったと聞く。
私も『わたしの水彩』(美術出版社) を読んだのだけれど、
水彩画の風景がとてもよかった。
そして、エッセイがおもしろい!

卒業してからまったく絵を描かなくなっていた太が、
20年以上たって、また絵を描きたくなってきた、と言う。

太が描く絵がいったいどんなものになるのか
さっぱり予想もつかないけれど(笑)
筆がすーすーって勢いがあって、
きっとのびのびした絵を描くような気がする。

私の写真と一緒に二人展をしたいな。
みんなとお茶のみながら、
おしゃべりできる場所で。


イーゼル 030_400


イーゼル 028_400
吉本隆明さん
dancyuの吉本隆明さんの約4年にわたっての連載エッセイが2月号で終了した。

とっても大きい拡大鏡を使って、
原稿を手書きで書かれていた。
しかし、だんだんと、目がおつらくなっていかれた。
それもそのはず。
連載開始の時が、83歳で、今年87歳になられるのだから!

食に関するエッセイなのだけれど、
吉本翁もお年をめされ、
「食べる」という行為も、
最終回に書かれていたのだけれど
この4年間の中で変化されていったそうだ。

味というのは、
何を、どんなときに、誰と食べたか、
という記憶と一緒に記憶される。

子供時代から戦時中から今に至るまでの
食にまつわる思い出から
思想まで、書かれていた。

私は特に、子供時代を思い出されるエッセイが好きだった。

話はとぶが、
今、抗がん剤治療をしている間、まったく食べられなくなってしまい、
栄養の点滴だけで過ごすことになっている夫の太が、
一時退院になると、
口から食べれるようになる。
そうすると、少しずつ元気を取り戻してくる。
「食べる」ということが、「生きること」に
直結している、ということを間近で見せられる。
「食べる」ということが、
「生きる」ということなんだ、と。

「食べる」ということの捉え方が、
吉本さん同様に私の中でも変化していっている。


話は戻るが、

毎月1回、
編集のEさんと
吉本邸におじゃまして、ご本人から原稿をいただいていた。

月に1度のこの日が、とても楽しみだった。

吉本翁と明るい長女のお姉さまにお会いできるのと、
出来立てほやほやの手書きの原稿を、
最初に読むことができることと、
そして、その原稿にあわせてイメージを膨らませて、
Eさんと写真選びをすること。

文章が毎回、とても素晴らしいので、
その文章にあわせる写真を考える作業は、
緊張しつつも、とても濃い時間だった。

くしゃくしゃとした笑顔にお会いできなくなることがとても寂しい。



吉本さんと博美_150
2011/03/24(木) 23:27:56 | 写真 | Trackback(-) | Comment(-)
太が今日一時退院になりました。
太が今日一時退院になりました。
次の入院は4月4日だそうです。

絵が描きたくなっているそう。
私は太の水彩画を見たことがないので、
どんな絵を描くのかすごく楽しみ。


futoshi_201103

セルビアから
セルビアの友達からこの写真が送られてきた!

serbia_japan_450.jpg
2011/03/21(月) 11:57:12 | 札幌での生活 | Trackback(-) | Comment(-)
募金活動 in ニセコ
niseko_20110320 562_お知らせ

niseko_20110320 364_ミウラ

niseko_20110320 637_集合写真

niseko_20110320 446_チラシ
2011/03/20(日) 23:02:56 | 札幌での生活 | Trackback(-) | Comment(-)
流氷ウォーク
流氷が接岸している!という情報を得て、
札幌発23:15の夜行バスに飛び乗って、
知床のウトロへ一人向かう。
弾丸流氷ツアー決行!

太のブログ参照。

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ryuuhyou 042_450

ryuuhyou 043_450

ryuuhyou 039_450
2011/03/06(日) 00:47:05 | | Trackback(-) | Comment(-)
流氷ウォーク 
ryuuhyou_cool 190_450
2011/03/06(日) 00:30:49 | | Trackback(-) | Comment(-)
おーろら号
ryuuhyou 235_450

ryuuhyou 248_450
2011/03/06(日) 00:25:03 | | Trackback(-) | Comment(-)
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