WINDVANE

日々思ったこと、感じたことをつれづれなるままに。
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太が海に還った日のこと
太が海に還った日のことを、
ウインドサーフィンのプロとして世界中を回る
岡崎友子さんが、
9/7のブログに綴ってくれていた。

ハワイに住む友子さんが、
この日、この場所に居合わせていたのは、
ぜったいに、偶然ではないはず。

ものごとはすべて必然のはずだから。

そして、
友子さんは、太の言葉をちゃんと受け取ってくれた。

太の残した言葉は、
こうしてパスされて、そして、はばたいていく。

(前列 オーム君、私、太朗くん、友子さん、後列、ケン、桑さん)
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太 海に還る by 玉井太朗
台風13号が日本海の低気圧と2つ玉になったこの日、
かねてから準備していた故石川太君のセレモニーが行われた。

当日は待ちに待ったコンディションもさることながら、
まるでこの日のためにと思われるようなマジカルな天気と相まって
太を送る日としては最良な一日となった。

二重に架かる虹から吹く柔らかなオフショアー。
間断なく現れる規則正しいソリッドなうねり。
流れていく雲間から天使が舞い降りたかの様に降り注ぐ光の柱。

このスポットが発見されて以来続いてきた最高のメンバーがラインナップで見守る中。
そこに現れた一本の完璧な波。

十数年前小さいながら最高の波を見つけたとの仲間からの報告に
何度も何度も泳いではリーフをチェックし、
初めてやってきた5−6feetのソリッドな台風スウェルと遭遇した太と2人キリのあの日のように、
太はその波にしっかりとテイクオフし海に還っていった。

gentemstick 玉井太朗

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ダブルレインボウ
この日太が海に還っていった。

ダブルレインボウをみんなにプレゼントして、
とっておきの波に乗って。

そして、
最高の仲間たちに見守られて。

***

太は海を愛していた。
「ずっと波乗りをしていたいから、
大人になったら
南の国に住むのかと思っていたら、
北の地に住むことになっちゃったよ。」
、と言っていた。

でも、
太は、北の地にも、ちゃんと自分の海を見つけた。
それも最高の海。

そして、北の地には、山も雪もあった。

海も山も雪も、太には必要だったんだとおもう。
この中にいることが、太には大事なことだったんだとおもう。

「海にも、山にも。」と最後に太はつぶやいた。
その言葉どおり、
太は、北の地の山と海に還っていった。

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自分を信じる  石川太
「自分を信じる」    石川太

自分で考える。
何度も何度も考える。
そして、それが自分のものになったら、もう何もいらない。

それが大切なことだよ。

人は、誰かがそう言ってたから、とか、
自分じゃないところに答えを欲しがる。
そして、いつのまにか、それが、自分よりも正しいものになっちゃう。

自分に責任がなくなっちゃうの。

俺はね、自分を信じてあげることにしたの。
だから、自分が今まで、
直さなきゃ、って思っていたことが、直さなくていいんだって気づいた。

たとえば、この考えはよくないから消さなきゃ、とか思ったりしてたけど、
なくすことはないんだよね。

だって常にあるんだから。

そうなんだ、って思って、意識してみなければ ないのと同じ。

悪いことなんてなにもない。

たとえば、地球上の人が、みんなそう言ってるよ、って言っても、
俺には関係ない。

死んだら、どうなる、なんてわからなくていい。
自分で気づけばいいけれど、人に言われることじゃない。

自分を信じて、
自分を、ちゃんと信用できたら、
なんで生まれてきたんだろう、なんてそんなのどうでもよくなる。

それより、今 生きてることが、すっごく重要。

***

My Way

Here in my bed
I thought to myself
Over and over, day after day.
Now that I became sure about the conclusion I came to,
I need nothing else any more but this feeling of fulfillment.
That’s what I needed the most.

There were times when I didn’t know what to do, which way to go
I didn’t even know what was right
I lost confidence, and I felt as if I was nobody.
People told me what was right to do,
“social standard” or “common sense”
Being naïve, I half accepted them even though I didn’t agree upon
Because I was not happy,
I sometimes took it out on something/someone
Without facing up to the reality
Because it was much easier to do.
I didn’t live my life.
I was not happy.

It took so long, I took the long way around, but
Finally I realized, here in my bed,
That I should believe in me, and accept the way I am
Because I wasn’t wrong in the first place.
I should not feel ashamed of what I was
Even if everybody in the whole world has a different view as mine,
I don’t have to follow the majority, if I am not convinced with it
I can do it my own way

There is no need to know what would be like if I die
Where did I come from? Why was I born?
Those are such trifling things to care about any more
Believe myself,
That’s all I should care about
Because I live now, at this moment
And now is my moment
That’s important.
(Jyunko kawada and Peter)


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「自分で考える」
養老孟司さんの「運のつき」を読んでいる。

養老さんの本は好きで今まで、何冊も読んできたが、
彼が、どうしてそういう思考をするようになったのかが、
ここには、養老さんがたどった人生が書かてきているので、
これを読んでわたしなりに納得。

あたりまえのことだけれど、
自分の体験からでてきた言葉だったんだな、と。

たしかに、自分の体験からでてきた言葉じゃないと、
言葉に説得力がない。
誰々がこういっていたから、というほど信じられないことはない。

本の中ではあるけれど、
養老節をきいていると、
背中がしゃんとする。

これは、
太が残してくれた言葉でもある
「自分で考える」ということの大事さを思い出させてくれる。

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