WINDVANE

日々思ったこと、感じたことをつれづれなるままに。
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肉体滅んでも、存在は死なない。~岡本敏子の「奇跡」
ひな祭りの夜、
ニセコから同じく円山に引っ越してきたしおりちゃんから
「夜ごはん食べにきませんか?」という、
電話をもらった。
テーブルには、近所の方からいただいたという
「ちらし寿司」、そして、たくさんの手料理が並んでいた。
思いがけず楽しい夜になった。

そして、帰りがけに、岡本敏子の「奇跡」を借りて帰ってきた。

うちに帰ってきてすぐに読み出し、
一気に引きこまれて読んでしまう。

小説のカタチをとりながら、
登場人物 謙介と笙子は、
太郎と敏子がモデルなんだろう、とおもう。

物語の中盤で、謙介が突然の事故で亡くなる。
そこから、
笙子が、どう謙介を想い、
そして、どういう生き方をするのか、
というのが後半の話。

敏子さんが、
岡本太郎がどれだけ稀有な素晴らしい人だったとか、
ということを書きたかったのかはもちろん伝わってきたけれど、
それ以上に、
亡くなった太郎のことを
こんな風に感じていたのか、
ということに、私はとてもびっくりした。

それは、
最後におさめられている、
よしもとばななさんとの
対談の中でも書かれてあったのだけれど、

「肉体滅んでも謙介という存在は
死なないということを書きたかったの。」

ということだ。

本の中から、以下抜粋。

「笙子には、謙介がこの世界から消失したとは
どうしても思えないのだ。奇妙な感覚だが、
どこかに存在している。
どう打ち消してもそれは疑いようのない、確かなこと。」

「輪廻転生というけれど、
輪廻しなくともこの世のどこかにきっといる。
いつか逢うときがくる。」

「いるのに、いない。
いないのだが、確かにいる。
そういう笙子の心境に、
はじめも終わりもない、うねっては何処までも裏をくぐり、
くぐり抜けて逃れていくケルト文様の世界観は、
ゾッと魂が総毛だつほどぴったりくる、と言ったらいいいのだろうか。
あの組紐文の無限回帰は、
まさに笙子の感じている非存在の存在感ではないのか。」

など。

敏子さんは、
大事なパートナーを失い、
その人の死をこんな風に感じていて、
ほんとうにこう思えてきたから
この小説を書いたんだろう。

私も、
太が身を挺して残していってくれた言葉をうけとり、
生と死を分けた瞬間をみて、
太が旅立ったことをどう捉えて、
これからどう生きていったらいいんだろう、と
考える中にいる。

その中で、
この本に出会えたことは
偶然のような気がしない。

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