WINDVANE

日々思ったこと、感じたことをつれづれなるままに。
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一生を棒にふって人生に関与せよと
Tatsuo Tamai 1929-2012

 冬が又来て天と地を清楚にする。
 冬が洗い出すのは万物の木地。

 天はやっぱり高く遠く
...  樹木は思いきって潔(きよ)らかだ。

 虫は生殖を終へて平気で死に、
 霜がおりれば草が枯れる。

 この世の少しばかりの擬勢とおめかしとを
 冬はいきなり蹂躙する。

 冬は凩の喇叭(らっぱ)を吹いて宣言する、
 人間手製の価値をすてよと。

 君等のいぢらしい誇をすてよ、
 君等が唯君等たる仕事に猛進せよと。

 冬が又来て天と地とを清楚にする。
 冬が求めるのは万物の木地。

 冬は鉄(かな)しきを打って又叫ぶ、
 一生を棒にふって人生に関与せよと。
             冬の言葉 高村光太郎


1974年春、私の小学校の卒業アルバムに書き記してくれた言葉
『一生を棒にふっても人生に関与せよ』
その言葉通りに生きた人でありました。(玉井太朗

***

太と私が出会った英語の学校、カミングス(新宿御苑駅近くにあった)の
校長先生だった 玉井辰夫さんが先日亡くなくなり、
家族葬に、私は、純子先生とブーザーさんと3人で
カミングス代表で参列させてもらってきた。
玉井氏のことを、わたし達生徒は、「お父さん」と呼んで慕っていた。

亡くなる2週間ほど前に病院にお見舞いに行き、
リハビリをしている姿をみてきたばかりだったので、
まさかこんなにすぐお別れすることになるとはまったく思っていなかった。

斎場の控え室で、
太朗くんと美和に、
お父さんが亡くなるときの映像をアイフォンで見せてもらった。

心電図の機械が後ろに見え、
太朗君が、お父さんの胸に手を当てている姿が映る。

鼓動がだんだんと消えていくのを太朗君は、その手で感じていた。

最後の心臓が脈をうち、
そして、ぜんまい仕掛けの時計が止まってしまう様に
総てが動かなくなっていったそう。

わたしは、
お父さんの旅立ちが、どれだけ安らかなものだったかを知った。
おごそかな雰囲気の中、
家族みんなに見守られ、
ほんとうに幸せな亡くなり方だった、と思う。

火葬場で、皆でお棺に花を入れ、
最後のお別れをするときに、

太朗君が、
「親父、たのしかったよ。」、とお父さんに声をかけていた。

こんな最高のお別れの言葉はないな、って思った。

数日後に、メールがはいった。
そこには、
「多くの人を巻き込んで誰も思いつかぬ様な事にチャレンジして来た父でしたが、
私から見ても生き方は上手ではありませんでした。
迷惑を掛けて傷ついた人も少なからずいる事と思います。
しかし父の核に触れた人達には大きな影響を与えた類稀な人間であったと、
今になって私自身も感じています。
父の捻りの効いた難解な文章と同じく、
理解するのは難しかったけれど、そこには大きな愛があった。
そう思うのです。」、と書かれてあった。


「一生を棒にふって人生に関与せよ」


お父さんから息子へ渡した言葉が、

いま、ここにまで届いた。



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2012/06/05(火) 15:35:42 | 札幌での生活 | Trackback(-) | Comment(-)
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