WINDVANE

日々思ったこと、感じたことをつれづれなるままに。
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「全ては経験した人間以外わかりようがない」
ここのところ、確定申告の1年分たまった領収書を
入力していて、去年1年のことを否応なしに
思い出すことになっていた。
太が旅立つ前までの
一日、一日がハッキリうかんできていた。

そんなところに、
日曜にケンとミウラが札幌にやってきて、
映画を見たり、一日一緒に過ごしたのだけれど、
ドームから引き取ってきたという
いくつかの太の荷物のダンボールも運んできてくれた。

これもなにかのタイミングなのかもしれない。

段ボールの外には、建築士のテキストとかいてあったので、
もうそのまま処分しようかと思っていたのだけれど、
今朝、それをあけてみたら、
建築士のテキストのほかに、
古い大学ノートが何冊かはいっていた。

初めにひらいたノートの
最初のページに書いてあった一文が
目に飛び込んできた。

「全ては経験した人間以外わかりようがない」、と。

太が残したこの言葉の重さをずっしりとおもった。


中をみてみると、数冊のノートのほとんどが
冬山ガイド時代(1995年から1999年までの)の、山の天候の記録だった。
ところどころに、日記のような記述があった。

そして、それから、1冊だけ雪崩事故の年の日記がはいっていた。

ストーブの前に座り、読んでいった。

私はこの頃の太のことまったく知らない。

雪崩事故のこと、その当時のこと、
太の人生の中に起きた、
とてつもない大きなことを
私は、ほとんど太の口から聞くことがなかった。

太が抱えていた大きなものを、
もうすこし私も一緒に持つことができたのではないか、
そんな想いもこみ上げてくる。

20110826_231_かせき


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