WINDVANE

日々思ったこと、感じたことをつれづれなるままに。
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「太の道具が教えてくれたこと。その1」
いま、太の大工道具を太の甥っ子のダイキ君に送る荷造りをしている。

ピカピカに研かれたノミや、カンナ。
太は、大工仕事から帰ってきて、夜ごはんを食べてから、寝るまでの時間、
使った道具を夜遅くまで毎晩、台所で研いていた。

「写真にきちんと撮ってから送ろう、そして、自分の気持ちの整理がついたら送ろう」、
と思っていたけれど、この2年間、写真を撮る気はぜんぜんおきず、
そして、気持ちの整理もつかないまま、時間は流れていった。

でも、空気が秋めいてきて、
ふと今日、
「よし、荷造りしよう!」という気持ちになった。
「写真を撮らなくてもいいから、もう送ろう!」って。

太と、亡くなる前の日の夜中にたくさん話をした。
その中で、
「大事な大工道具は全部ダイキにね。」と言っていた。
すごく高価なものではないけれど、
こだわりの太が、こつこつと選びながら、
ひとつずつ集めていっていたものたちだ。

ダイキ君というのは、太の一番上の甥っ子で、
ものづくり大学を卒業してから、京都で宮大工の会社に入った。
太はこの甥っ子をとても大事におもっていた。
もちろん、姪っ子たちのことも同じようにだけれど。

ダイキ君は、太がドームハウスを建てているときや、木挽きをしているころ、
ときどき、ニセコに遊びにやってきた。
そして、夜な夜な、お酒を飲み交わしながら
太に「道具っていうのはな、」とか「木挽きっていうのはな、」、とか、
熱い話を聞かされていた。

太が亡くなった後に、
ダイキ君から、
「宮大工という仕事を選んだのは、太君の影響が大きかったんだよ。」、と聞いた。

太のスピリットのカケラはこうして散らばっていったんだな、って思った。

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