WINDVANE

日々思ったこと、感じたことをつれづれなるままに。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:-- | スポンサー広告 | Trackback(-) | Comment(-)
おばあちゃんの旅立ち
98歳で旅立ったうちのおばあちゃん、
網本の娘が、真面目で賢いけれど、
貧乏なうちのおじいちゃんを見染めて、半ば駆け落ちで一緒になったようです。

そし て、
「私は家事はしません!」と結婚と同時に宣言して、
おじいちゃんと商売(八百屋さんから始まり、スーパーをしていました。)を楽しんだ人でした。

私の父は、長男なのですが、
「お袋の手料理を食べたことがない。」、とよくぼやいていますが、
そんなわけで、私の母には、専業主婦でいさせたんですよね。

祖母は、祖父ととても仲が良く、
いつも明るく、エネルギッシュで、
常識にとらわれず、とても楽しく可愛らしい人でした。

私の父は転勤族だったので、私は中学3年から高校1年まで
佐賀の祖父母の家に預けられていたので、一緒に暮らした時間があるのです。
今となっては、その 時間がとても愛おしく感じられます。

祖父母は還暦で、仕事をきっぱり引退し、
老後は、二人でゲートボールにはまり、
九州大会、全国大会と駆け回り、
トロフィー部屋があったほど強かったみたいです。(笑)

祖母は還暦後から家事を始めました。
縁側で、二人で洗濯物をたたみながら、いろんな話をしました。
おばあちゃんの若かりし頃の話やら、映画の話、
おじいちゃんとのなれ初めの話やら。

「おばあちゃんは、おじいちゃんをすいとっもんね。」、と
言っていた顔が今でも浮かびます。

そうそう、おばあちゃんから、仲のいい従兄に
フランスで禅を広めた弟子丸泰仙という人がいたこともその時に聞きました。

祖母の面倒を看ていたのは、
父のすぐ下の妹のSおばちゃんという人なのですが、
(父には4人妹がいて、そのうち佐賀に二人、横浜に二人いるのです。)

若かりし頃のSおばは、やんちゃで、
親の反対を押し切って、駆け落ちして結婚。祖父母とも仲は険悪になりました。
二人の男子に恵まれましたが、その後離婚。

次男は、「お父さんが可愛そう。」、とお父さんにつき、おばはそれ以来、
次男とずっと会えないままできていました。

祖母の晩年の面倒をみてきたS叔母は、祖母とのわだかまりも解け、
祖母の100歳のお祝いを誰よりも楽しみにしていました。

祖母もSおばの世話をうけることできっといろんな意味があったのかもしれないし、
Sおばにとっても逆もまた然り。

今生でする母と娘の大事な仕事を二人はや り遂 げたんじゃないかな、
なんてそんな風に勝手に思ったりしています。

そうそう、そのSおばの次男が、昨日のお通夜に姿を現したそうなのです!!

これは、祖母の大きなギフトだったように思ったのです。
Sおばが、長い間、心を込めて祖母に接したから、
祖母から叔母への素敵な贈り物が届いた!って。

「おばあちゃん、みんなにとっていいことを見せてね。」
なんて、祈っていたのですが、
とっても素敵な奇跡をみんなにみせてくれたな、って!

DSC_1986_01.jpg
2015/03/17(火) 22:53:18 | 札幌での生活 | Trackback(-) | Comment(-)
Designed by aykm.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。