WINDVANE

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「望月一義」展
田園調布にある「駿プラスカンパニー」の「望月一義」展に行った。
望月一義さんは、家具や文房具のデザイナーさんで、2002年に脳腫瘍で亡くなっているのだけれど、その回顧展だった。
たまたま2年ほど前に骨董通りのニッカのすぐ前にあった「駿河意匠」というオーダー家具屋さんで、シンプルでとても使いやすそうな手帳を見つけた。買おうとレジに行ったときに、すぐ近くにあったフレームに入っていた版画のポストカードに目がいって、「これは売り物ですか?」と聞いたところから、話がはじまり、初対面だったというのに、何時間も二人で話しこんでしまったことから、まりこさんとのつきあいが始まった。
版画のポストカードは、なんともユーモラスな雰囲気の味のあるもので、亡くなっただんなさん望月一義さんの小学校時代のものだった。

シンプルで機能的で、かっこいいのだけれど、どこかあたたかみやユーモアが感じられるような家具や文房具のデザインをしていた望月一義さん。
生前お会いすることは叶わなかったけれど、まりこさんのお話や、遺族で作られた分厚い作品集、そして、子供時代からのたくさんの作品を見せてもらうと、とても親しい人に感じてくるから不思議なものだ。
子供時代の絵は、生まれ育った駿河の土地が大好きなのがにじみでていて、とてものびやかで、しかもとてもグラフィカル。
画家が若い頃は、足し算で描いていた絵が、晩年には、引き算になり、そいで、そいでの絵になっていったような、絵のようにも見えた。
中学、高校、大学とどんどん変化してきて、大学時代の作品はまたとてもユーモアがいっぱいだった。
生まれながらにして、ものを創り出す人なんだなあ、というのが、アイディアいっぱい、たくさんの作品群から、伝わってくる。

しかし、仕事を始めてからの望月さんは、いっさい絵を描かなかったそうで、しかもこれらの膨大な作品は、死後の整理をしたときに見つかったのだそうだ。
やりたいことはやりきって、次に向かっていったのだろうか、それはよくわからない。

大人になってからの、そいで、そいでのシンプルなデザインのルーツには、実はこんな厚みがあったのかと知らされたのであった。
2008/11/16(日) 11:36:43 | 展覧会 | Trackback(-) | Comment(-)
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