FC2ブログ

WINDVANE

日々思ったこと、感じたことをつれづれなるままに。
Merry Christmas 2016 !!!
Merry Christmas !!!

セルビアを旅している時、
道を聞いた女の子の手に、
ふと目を向けると
そこには、なんと愛の文字がこんなにいっぱい!

When I take a trip to Serbia,
I lost my way and asked a girl a course.
A letter of the love was written to the pick of the girl.

RIMG0508_ss.jpg

2015/12/24(木) 21:33:16 | 札幌での生活 | Trackback(-) | Comment(-)
両親の金婚式
_20151122_141926.jpg

2015/11/09(月) 18:23:04 | 札幌での生活 | Trackback(-) | Comment(-)
両親の金婚式 in 北海道
両親の金婚式
Celebration of the 50th anniversary of the marriage of parents

両親はお見合い後、一回しかデートをしないで結婚したそう!
それで金婚式を無事に迎えているのだから、
本当に「すごい!」、と思う。

今回、両親の50年の年表を作ったのだけれど、
家族の記録をまとめておくのにも、いい機会になった。

父が転勤族だったので、
北海道を皮切りに、松戸、大宮、宝塚、九州など
引っ越しの連続だったけれど、なんと17回もしていた!

結婚後に阿寒湖や屈斜路湖、帯広、襟裳岬などを
電車で旅行したしたそうなのだけれど、
そのときに私もお腹の中にいたことを初めて聞いた。


IMG_20151107_204005.jpg

2015/11/08(日) 21:45:50 | 札幌での生活 | Trackback(-) | Comment(-)
「太くんの会」
「太くんの会」

4月30日は、太の4回目の命日でした。

桜の開花を待たずに旅立ってしまった太だったので、
それ以来、私の中での春は、いつのまにか桜が始まりになっています。

今年も「太くんの会」を無事に終えることができ、、
今年もニセコの友達たちが無事にシーズンを終えることができ、
私の中での春が、やっとスタートしたかんじです。

5月2日(土) ニセコ
天気に恵まれ、
山も、そして山を下りてからのバーベキューも最高で、
みんなニコニコ。

その笑顔を見て、
太がまたとびっきりの笑顔をしていたように思います。

本当にとてもいい日でした。

今回も心に残ったことがたくさんあったのですが、そのうちいくつか。

○高久家のわんこのサクラに会えたこと。
(若い頃のサクラとは、海へ山へとあちこち行き、一緒にたくさん遊びました。
ここ数年、年をとって、おばあちゃんにはなってきていたけれど、
1年ぶりに会ったサクラは、後ろ脚をひきづり、動くのも大変そうでした。
それでも、前脚でどうにか歩く姿は、言葉にするのが難しいけれど、
「生きる」ってことを見せてくれたように思えました。)

○まきよちゃんやシーサーから、ガンがカイカイになった時に行った海での太の話を聞けたこと。
(太からも二人と行った海が楽しかった、って聞いていましたが、
こういう話は何回聞いても嬉しい。)

○すずちゃんが、25年前位の懐かしい太たちの写真を
準備してきてくれてたこと。

○まっちゃんが10年ぶりにニセコに戻ってきて
この会に参加してくれて、
太朗くんとの再会場面に立ち会えたこと!

○太朗くんが、太の裁判での資料を二つ返事で引きうけてくれたこと。


時間ってすごい!
いろんなものを優しく溶かしていってくれる。
でも、この時間の中で、
溶けていったものって、とっても濃いものなんだと思う。


○シーサー、桑ちん、
準備やみんなへの連絡を始め、今年も色々どうもありがとうございました。

いらしてくださった皆さん、どうもありがとうございました!!
来年も4月30日~5月頭にやりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

April 30 was the fourth anniversary of the death of FUTOSHI of my late husband.
And friends of FUTOSHI climbed the mountain yesterday in Niseko.

DSCN0438_ss.jpg

DSCN0694_ss.jpg

DSCN0697_ss.jpg


おばあちゃんの旅立ち
98歳で旅立ったうちのおばあちゃん、
網本の娘が、真面目で賢いけれど、
貧乏なうちのおじいちゃんを見染めて、半ば駆け落ちで一緒になったようです。

そし て、
「私は家事はしません!」と結婚と同時に宣言して、
おじいちゃんと商売(八百屋さんから始まり、スーパーをしていました。)を楽しんだ人でした。

私の父は、長男なのですが、
「お袋の手料理を食べたことがない。」、とよくぼやいていますが、
そんなわけで、私の母には、専業主婦でいさせたんですよね。

祖母は、祖父ととても仲が良く、
いつも明るく、エネルギッシュで、
常識にとらわれず、とても楽しく可愛らしい人でした。

私の父は転勤族だったので、私は中学3年から高校1年まで
佐賀の祖父母の家に預けられていたので、一緒に暮らした時間があるのです。
今となっては、その 時間がとても愛おしく感じられます。

祖父母は還暦で、仕事をきっぱり引退し、
老後は、二人でゲートボールにはまり、
九州大会、全国大会と駆け回り、
トロフィー部屋があったほど強かったみたいです。(笑)

祖母は還暦後から家事を始めました。
縁側で、二人で洗濯物をたたみながら、いろんな話をしました。
おばあちゃんの若かりし頃の話やら、映画の話、
おじいちゃんとのなれ初めの話やら。

「おばあちゃんは、おじいちゃんをすいとっもんね。」、と
言っていた顔が今でも浮かびます。

そうそう、おばあちゃんから、仲のいい従兄に
フランスで禅を広めた弟子丸泰仙という人がいたこともその時に聞きました。

祖母の面倒を看ていたのは、
父のすぐ下の妹のSおばちゃんという人なのですが、
(父には4人妹がいて、そのうち佐賀に二人、横浜に二人いるのです。)

若かりし頃のSおばは、やんちゃで、
親の反対を押し切って、駆け落ちして結婚。祖父母とも仲は険悪になりました。
二人の男子に恵まれましたが、その後離婚。

次男は、「お父さんが可愛そう。」、とお父さんにつき、おばはそれ以来、
次男とずっと会えないままできていました。

祖母の晩年の面倒をみてきたS叔母は、祖母とのわだかまりも解け、
祖母の100歳のお祝いを誰よりも楽しみにしていました。

祖母もSおばの世話をうけることできっといろんな意味があったのかもしれないし、
Sおばにとっても逆もまた然り。

今生でする母と娘の大事な仕事を二人はや り遂 げたんじゃないかな、
なんてそんな風に勝手に思ったりしています。

そうそう、そのSおばの次男が、昨日のお通夜に姿を現したそうなのです!!

これは、祖母の大きなギフトだったように思ったのです。
Sおばが、長い間、心を込めて祖母に接したから、
祖母から叔母への素敵な贈り物が届いた!って。

「おばあちゃん、みんなにとっていいことを見せてね。」
なんて、祈っていたのですが、
とっても素敵な奇跡をみんなにみせてくれたな、って!

DSC_1986_01.jpg
2015/03/17(火) 22:53:18 | 札幌での生活 | Trackback(-) | Comment(-)
Designed by aykm.